亜鉛ダイカストの限界を打ち破る:新合金EZACとHFが拓く高温・軽量化への道
この技術概要は、R. Winter氏およびF. E. Goodwin氏によって執筆され、2013年にNADCA (North American Die Casting Association) の会議で発表された学術論文「Recent Zinc Die Casting Developments」に基づいています。HPDC(ハイプレッシャーダイカスト)の専門家のために、株式会社キャドマックの専門家が要約・分析しました。

キーワード
- 主要キーワード: 亜鉛ダイカスト新合金
- 副次キーワード: EZAC合金, HF合金, 薄肉ダイカスト, 耐クリープ性, 高流動性, 軽量化, NADCA
エグゼクティブサマリー
- 課題: 従来の亜鉛ダイカスト合金は、高温環境下でのクリープ(持続的な荷重による変形)特性と、アルミニウムやマグネシウム合金に対する密度の高さが実用上の大きな制約となっていました。
- 手法: この課題を克服するため、2つの新しい亜鉛合金が開発・評価されました。一つは高温特性を強化した「EZAC合金」、もう一つは超薄肉成形を可能にする高流動性の「HF合金」です。
- 主要なブレークスルー: EZAC合金は、高温下での耐クリープ性と機械的強度を大幅に向上させました。一方、HF合金は従来の限界をはるかに超える0.25mmの薄肉成形を可能にし、亜鉛部品の大幅な軽量化を実現しました。
- 結論: これら2つの新合金は、これまで亜鉛ダイカストが不向きとされてきた高温用途や軽量化が必須の用途への扉を開き、その適用範囲を劇的に拡大させる可能性を秘めています。
課題:なぜこの研究がHPDC専門家にとって重要なのか
長年にわたり、亜鉛ダイカストは、その優れた寸法精度、複雑形状の再現性、そしてホットチャンバー法による高い生産性から、多くの産業で不可欠な製造技術として利用されてきました。しかし、エンジニアは常に2つの大きな壁に直面してきました。第一に、亜鉛合金は絶対融点の約半分(純亜鉛で73℃)を超える温度域でクリープ現象が顕著になり、高温環境下での構造部品としての使用が制限されるという点です。第二に、特に自動車産業などの輸送分野において、アルミニウムやマグネシウムといった軽金属と比較して密度が高いことが、軽量化のトレンドにおいて不利に働いていました。これらの制約は、亜鉛ダイカストの新たな市場への展開を妨げる要因となっていました。
アプローチ:研究方法の解明
この課題に取り組むため、研究者たちは特性の異なる2つの新しい亜鉛合金の開発と実用化に焦点を当てました。
- EZAC合金: 高温での耐クリープ性向上を目的とし、エネルギー省のSBIRプログラムなどの支援を受けて研究が進められました。Al-Cu-Znの三元共晶に近い組成をベースに、クロム(Cr)とチタン(Ti)を微量添加することで、クリープ性能を劇的に改善する合金が開発されました。この合金は、ホットチャンバーでの鋳造性を維持しつつ、強度と硬度を向上させることを目指しました。
- HF(High Fluidity)合金: 軽量化の課題を克服するため、米国エネルギー省とNADCAの支援のもと、2005年から開発が開始されました。この研究では、合金の流動性を最大化することに主眼が置かれました。Zn-4.5%Alを基本組成とし、他の元素を極微量に制御することで、従来合金(Alloy 7)と比較して40%も高い流動性を実現しました。これにより、これまで不可能とされていた超薄肉での鋳造が可能となり、部品重量を削減する道が拓かれました。
ブレークスルー:主要な研究結果とデータ
本研究により、2つの新合金が持つ画期的な特性と、それがもたらす具体的な応用例が明らかになりました。
- 発見1:EZAC合金による高温性能の飛躍的向上 EZAC合金は、その優れた機械的特性を実証しました。論文で示されている芝刈り機用クランクシャフトの試作品(Figure 1)は、熱と繰り返し荷重が加わる厳しい試験に合格した唯一の亜鉛ダイカスト合金でした。393 MPa(57 ksi)の降伏強度と120ブリネルの硬度を達成し、その優れた耐クリープ性能により、焼結鉄や金属粉末射出成形(MIM)といった高コストな代替材料からの転換を可能にするポテンシャルを示しています。
- 発見2:HF合金による超薄肉・軽量化の実現 HF合金は、その驚異的な流動性により、肉厚0.25mm(0.01インチ)という超薄肉部品の鋳造を可能にしました。これにより、亜鉛の密度という弱点を克服し、アルミニウムやマグネシウムよりも軽量な部品を製造できる場合があります。Figure 2に示されるスマートフォンケースや記念ロケット、LEDヒートシンクなどの応用例は、HF合金がデザインの自由度を高め、部品点数の削減や後加工コストの低減に貢献することを示しています。
- 発見3:HF合金の標準化された組成 HF合金の優れた性能を安定して得るための化学組成が確立され、NADCAの製品規格として正式にリストされました。Table 1に示されるように、アルミニウム含有量を4.3-4.7%に厳密に管理し、マグネシウムや銅などの他元素を微量に抑えることが、高い流動性を得るための鍵となります。
HPDCオペレーションへの実践的な示唆
この研究成果は、現場の製造プロセスや製品設計に直接的な利益をもたらす可能性を秘めています。
- プロセスエンジニアへ: EZAC合金の登場により、これまで亜鉛では不可能と考えられていた高温環境下(論文では110℃の範囲まで言及)での部品製造が視野に入ります。また、HF合金を使用すれば、充填不足のリスクを低減しつつ、サイクルタイムの短縮や射出圧力の低減といったプロセス改善が期待できます。
- 品質管理担当者へ: HF合金は、非常に薄いセクションでも安定した充填を可能にするため、ヒケ巣などの内部欠陥のリスクを低減できる可能性があります。これにより、製品の品質安定性が向上し、不良率の削減に繋がることが期待されます。
- 金型設計者へ: HF合金の卓越した流動性は、設計の自由度を大幅に拡大します。LEDヒートシンクに見られるような、より薄く、より複雑なフィンの設計が可能となり、放熱性能を最大化できます。また、従来は一体成形が難しかったヒンジや留め具といった機構を製品に統合することで、アセンブリ工程の簡略化とコスト削減を実現できます。
論文詳細
Recent Zinc Die Casting Developments
1. 概要:
- 論文名: Recent Zinc Die Casting Developments
- 著者: R. Winter, F. E. Goodwin
- 出版年: 2013
- 発表機関/学会: 2013 DIE CASTING CONGRESS & TABLETOP, North American Die Casting Association (NADCA)
- キーワード: Zinc die casting, EZAC, HF alloy, creep resistance, high fluidity, thin sections
2. 要旨:
亜鉛ダイカストの新たな応用における最近の進展を概観する。これには、亜鉛の能力を拡張した2つの新合金、すなわち高温対応能力を持つEZAC®合金と超薄肉セクション用のHF合金の使用増加が含まれる。これらの合金は、従来亜鉛ダイカストに関連付けられていた使用温度と密度の制約を本質的に克服した。選ばれた応用例において、コストとエネルギー削減の機会が示される。その他の亜鉛ダイカスト技術開発についても概観する。
3. 緒言:
亜鉛合金によるダイカストは、精密で複雑、かつ詳細な金属部品を製造するための最も効率的で多用途な生産方法の一つである。実用的なエンジニアリング特性は、絶対融点の半分以下の温度で使用されることで発揮されるが、純亜鉛ではその温度は73℃(163°F)である。特にこの温度以上での持続荷重下での変形、すなわちクリープが課題であり、その耐性を向上させる努力がなされてきた。最近開発されたEZAC合金は、実用的な使用温度を110℃(230°F)の範囲まで向上させる可能性を示した。また、輸送用途では亜鉛の密度が不利であったが、新たに開発されたHF(高流動性)合金は、0.25mm(0.01インチ)までの薄肉成形を可能にすることでこの問題を克服し、アルミニウムやマグネシウムよりも軽量な部品の製造を可能にする。
4. 研究の要約:
研究トピックの背景:
亜鉛ダイカストは高い生産性と低コストを両立できる優れた製造法であるが、①高温下でのクリープ耐性の低さ、②アルミニウムやマグネシウムに対する密度の高さ、という2つの伝統的な制約を抱えていた。
従来の研究の状況:
これまでにも亜鉛合金のクリープ耐性を改善するための様々な試みが行われてきた。例えばACuZinc 5のような合金も存在するが、ホットチャンバー法におけるプランジャーやピストンリングの摩耗といった鋳造上の課題があった。
研究の目的:
本稿の目的は、従来の亜鉛合金の温度と密度の限界を克服するために開発された2つの新合金、EZACとHFを紹介し、その特性と応用例をレビューすることである。これにより、これまで亜鉛ダイカストが適用できなかった新しい分野への可能性を示す。
研究の核心:
研究の核心は、EZAC合金とHF合金の特性評価と、それらを用いた具体的な製品開発事例の紹介にある。EZACについては、その優れた機械的特性(強度、硬度、耐クリープ性)を実証し、HFについては、その卓越した流動性がもたらす超薄肉成形能力と軽量化への貢献を明らかにした。
5. 研究方法
研究設計:
本研究は、2つの異なる目的を持つ合金の開発と評価に基づいている。
- EZAC合金: ILZROのZCA-9プログラムのもと、CSIRによって初期研究が実施された。その後、Eastern Alloysとミシガン工科大学(MTU)がさらなる化学組成の研究を行い、商業化に至った。
- HF合金: 米国エネルギー省とNADCAの支援を受け、2005年から開発が開始された。実験室での流動性試験(Ragone fluidity test)や、実際の工業生産における鋳造試験を通じて、その優れたダイ充填能力が検証された。
データ収集と分析方法:
- EZAC合金: 試作品(芝刈り機用クランクシャフト)を作成し、繰り返し荷重と熱を含む厳格な性能試験を実施。降伏強度、硬度などの機械的特性を測定した。
- HF合金: 実験室での流動性試験に加え、スマートフォンケースなどの商業製品を対象とした鋳造試行とフローシミュレーションを実施し、薄肉成形能力を評価した。
研究の対象と範囲:
研究の対象は、ホットチャンバーダイカスト法で使用される新しい亜鉛合金であるEZACとHFに限定される。その範囲は、合金の化学的特徴、機械的特性、鋳造性、そして具体的な商業的応用例のレビューに及ぶ。
6. 主要な結果:
主要な結果:
- EZAC合金: ホットチャンバー用亜鉛ダイカスト合金の中で最も強く硬い合金であり、ZA-27(コールドチャンバー専用)に匹敵する。降伏強度393 MPa、硬度120ブリネルを達成し、優れた耐クリープ性を持つ。芝刈り機用クランクシャフト(Figure 1)での成功事例があり、医療機器や安全部品などへ応用が広がっている。
- HF合金: Alloy 7と比較して40%高い流動性を持ち、肉厚0.25mmまでの鋳造が可能。これにより、スマートフォンケース、記念ロケット、LEDヒートシンク、ショットグラスなど、軽量化と複雑な意匠性が求められる製品への応用が実現した(Figure 2)。その化学組成はTable 1に示され、NADCA規格として承認されている。
図表リスト:

- Table 1 - Composition Range of the HF Alloy
- Figure 1 - EZAC net shape insert molded crankshaft prototype for lawn trimmer.
- Figure 2 - Examples of applications developed with the HF alloy
7. 結論:
2つの新合金、EZACとHFは、これまで亜鉛ダイカストの応用を妨げてきた温度と密度の制約を克服した。EZACは高温下での機械的性能を、HFは超薄肉成形による軽量化をそれぞれ可能にし、亜鉛ダイカストの応用範囲を著しく拡大した。これにより、焼結鉄やMIM、プレス加工品など、他の高コストな材料やプロセスからの転換が進むことが期待される。
8. 参考文献:
- J.M Benson, D. Hope, and F.E. Goodwin, “Development of a Creep Resistant Hot Chamber Die Casting Zinc Alloy", Proceedings of the 104th Metalcasting Congress, 2000, North American Die Casting Association.
- F.E. Goodwin, “Update on Zinc Die Casting Research & Development”, Die Casting Engineer, 2003, North American Die Casting Association
- R. Winter, "EZACTM – High Strength, Creep Resistant Zinc Die Casting Alloy”, Die Casting Engineer, March 2011, North American Die Casting Association.
- F.E. Goodwin, K. Zhang, A.B. Filc, R.L. Holland, W.R. Dalter and T. M. Jennings, “Development of Zinc Die Casting Alloys with Improved Fluidity: Progress in Thin Sections of Die Casting Technology," Proceedings of 111th Metalcasting Congress, May 15-18, 2007, Houston, TX, North American Die Casting Association
- F.E. Goodwin, A. Filc, D. Liu and B. Lehenbauer, “Further Work on the New High Fluidity Zinc Diecasting Alloy”, Proc. 113th Metalcasting Congress, April 7-10, 2009, Las Vegas, NV, North American Die Casting Association.
結論と次のステップ
この研究は、CFDにおける主要なプロセス/成果を強化するための貴重なロードマップを提供します。この調査結果は、品質の向上、欠陥の削減、および生産の最適化に向けた、明確でデータに基づいた道筋を示しています。
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専門家Q&A:
- Q1: 新合金が解決しようとしている、従来の亜鉛ダイカスト合金の主な限界は何ですか?
- A1: 従来の亜鉛合金の主な限界は2点あります。第一に、73℃を超えるような比較的高温の環境下でクリープ(持続的な荷重による変形)を起こしやすいこと。第二に、アルミニウムやマグネシウム合金に比べて密度が高く、軽量化が求められる用途では不利になることです。この論文「Recent Zinc Die Casting Developments」の緒言で詳述されています。
- Q2: EZAC合金は、なぜ高温用途に適しているのですか?
- A2: EZAC合金は、Al-Cu-Zn三元共晶に近い組成にクロム(Cr)とチタン(Ti)を添加することで、クリープ耐性が劇的に向上しているためです。論文によれば、393 MPaの降伏強度と120ブリネルの硬度という優れた機械的特性も併せ持っており、これにより実用的な使用温度範囲が110℃まで向上する可能性が示されています。
- Q3: HF合金は、どのようにして亜鉛部品の軽量化を可能にするのですか?
- A3: HF合金は、従来合金より40%高い卓越した流動性を持っています。この特性により、従来は不可能だった0.25mmという極めて薄い肉厚での鋳造が可能になります。部品の肉厚を大幅に薄くできるため、製品全体の体積が減り、結果として亜鉛の高い密度を補って余りある軽量化が実現できます。この事実は、論文の「HF ALLOY DEVELOPMENTS」セクションで説明されています。
- Q4: 新しい高流動性(HF)合金の化学組成を教えてください。
- A4: HF合金の化学組成は、論文のTable 1 - Composition Range of the HF Alloyに示されています。主要な組成は、アルミニウム(Al)が4.3-4.7%、マグネシウム(Mg)が0.005-0.012%で、残りが亜鉛(Zn)です。銅(Cu)、鉄(Fe)、鉛(Pb)などの不純物元素は厳しく管理されています。
- Q5: EZAC合金の具体的な成功事例を教えてください。
- A5: はい、論文では芝刈り機用のクランクシャフトが成功事例として挙げられています。この部品は、熱と周期的な負荷がかかる厳しいテストに合格した唯一の亜鉛ダイカスト合金でした。この事例は、EZACの優れた強度、硬度、耐クリープ性能を実証しており、Figure 1にその試作品の写真が掲載されています。
著作権
- 本資料は、R. Winter氏およびF. E. Goodwin氏による論文「Recent Zinc Die Casting Developments」を分析したものです。
- 論文の出典: https://www.researchgate.net/publication/343322977
- 本資料は情報提供のみを目的としています。無断での商業利用は禁じられています。
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